統合失調症は、(躁)うつ病と並ぶ二大内因性精神病であり、特徴的な思考障害、感情障害、人格障害などを呈するいまだに原因不明の疾患である。
統合失調症の治療の基本は薬物療法である。最近、新規抗精神病剤(非定型抗精神病剤)などか上市され治療効果もあがり長期予後においても、過半数は軽快・寛解まで回復可能であり、重度障害は20%程度と考えられている。
このため、2001年のWHO精神保健レポートでも、「適切な薬物療法と心理社会的なケアを受ければ、初発患者の過半数は完全かつ長期にわたる回復を期待できる」と明記されている。
2002年 8月に日本精神神経学会総会において、評議会の決定事項として、従来からの「精神分裂病」という用語を「統合失調症」に変更することに決定した。
(1)精神分裂病の名称の由来
1800年代後期に、クレペリン(Kraepelin E:独) は、現在の統合失調症にあたる精神疾患である早発性痴呆について、その臨床経過と転帰に関する記述を初めて発表した。この発表は妄想や自閉的引きこもりなどの症状を重視し、これらが増悪しつつ進行する比較的長い経過をたどる縦断面を強調している。
これに対してブロイラー(Bleuler E:スイス) は、横断面で認められる症状に重点をおき、思考が緩慢になりバラバラになるという認知障害あるいは思考障害を統合失調症の基本的な症状とみなし、1908年に「Schizophrenie」 という用語を提唱した。
この訳語として日本では、1937年に日本精神神経学会で、「精神分裂病」と決められ用いられてきた。
(2)統合失調症に変更した理由と考え方
精神分裂病という訳語は、患者の人格すべてが破壊してしまい人格否定的な響きがあり、精神全体が分裂しているような印象を与え、差別や偏見を助長し、この病名自体が患者本人への告知と社会参加への大きな障害となって、阻止している感があった。
しかし、最近では新しい世代の非定型抗精神病剤のリスペリドン(リスパダール)などの登場による薬物療法の向上、病態解明研究による心理療法・リハビリなどの進歩により十分な回復が可能となってきており、精神分裂病は、現在の疾患概念にあわないことから、日本精神神経学会では用語変更のための委員会を作り、長期にわたる検討を加えた結果、2002年 8月の総会で統合失調症と変更された。厚労省もすぐにこの変更に対応し、行政レベルでも統合失調症の使用が公認された。
統合失調症とは、脳機能障害によって、「思考・感情・行動をある目的に沿ってまとめていく能力、つまり統合する能力が低下し、その経過中に幻覚や妄想、著しくまとまりを欠いた行動が見られる病態」である。
精神分裂病が統合失調症という名称になってから、医師は以前より診断名を告げることがスムーズにできるようになったという。
名称変更を、単なる名称変更だけで終わらせないで、統合失調症の病態印象を正しく理解したい。特に統合失調症の患者は、肥満や糖尿病などの生活習慣病に罹患することが多く、従って、処方せんを受付する機会も少なくない。対応に十分配慮する。
(3)診断基準
統合失調症は、現在の精神科臨床で汎用される国際的診断基準であるDSM-W-TR*により診断される。
*DSM-W:Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders-W
アメリカ精神医学会・操作的診断システムである「精神障害の分類と診断の手引き・第 4版」
A. 特徴的症状 以下のうち 2つ(またはそれ以上)、おのおのは、 1カ月の期間(治療が成功した場合はより短い)ほとんどいつも存在
@妄想 A幻覚
Bまとまりのない会話(例:頻繁な脱線または滅裂)
Cひどくまとまりのない、または緊張病性の行動
D陰性症状、即ち感情の平板化、思考の貧困、または意欲の欠如
注:(略)B. 社会的または職業的機能の低下:(略) C. 期間:障害の持続的な徴候が少なくとも 6カ月間存在する(略) D. 失調感情障害と気分障害の除外:(略) E. 物質や一般身体疾患の除外:(略) F. 広汎性発達障害との関係:(略) 〔表 1〕 統合失調症の診断基準(DSM-W-TR)
統合失調症の罹患率は、人口の約 1%とされており、躁うつ病の罹患率より高い。精神科医ならばすぐ統合失調症と診断のつく定例型は人口の 0.8%とされており、定例型でない症例や軽いもの、潜伏性のもの、残遺性のものまで含めると、実際は2〜3%に及ぶのではないかとの報告もあり、慢性疾患で完治するには長期に及ぶ療養・治療が必要とされる。
日本の精神科病院では、その入院患者の約50%以上を統合失調症患者が占めている。
青年期を中心に10歳代後半から20〜25歳くらいが最も発症しやすく、次第に症状が進行する。男女差はないが、女性の発症年齢のほうが20〜30歳代と少し高い。発病率そのものには性差はないが、男性のほうが入院期間が長く、社会的予後もやや悪いとされている。
発症しても病識を認めないので、受診の機会が遅れ、治療を難しくしている。発病して数年以上経過してから診療を受けることも少なくない。
統合失調症の発症は、先進国、後進国を問わず、戦争時でも平和時でも、社会・文化・経済的背景のいかんを問わずほぼ一定している。
また、青年期に発病することで、病気そのものの影響だけでなく、教育、就業、結婚など多くの点で、その個人、家族そして社会的にマイナスの影響を与える。
統合失調症の非常に良好な予後は20〜30%であり、部分的な寛解を合わせると70%を超えるとの長期追跡研究もある。治療抵抗性を示す予後不良群も約20%存在するため、経過については十分留意しなければならない。
いまだに統合失調症の正確な病態は不明であるが、現在では、遺伝的な要因をもつ者に、生物学的あるいは心理社会的な環境要因が加わることで統合失調症の発病に至ると考えられている。
(1)発症の仮説
原因はいまだ不明であるが、ドパミンを主とする脳内化学伝達物質の異常を中心とした生物学的要因を背景にしており、幻覚妄想などの陽性症状については中脳辺縁系のドパミン機能の亢進が関与しており、陰性症状と前頭葉のドパミン機能低下が関与していると考えられている。
統合失調症の発症メカニズムには、主なものとしてドパミン仮説、グルタミン酸仮説、神経発達障害仮説などがある。
| @ | ドパミン仮説: |
| 抗精神病剤の臨床用量とドパミンD2 受容体に対する親和性が相関するという薬理学的研究などから、ドパミンの過剰伝達を統合失調症の病態とみなすドパミン仮説が提唱された。ドパミン仮説は現在でも最も有力な仮説であるが、この仮説のみでは統合失調症の病態を完全に説明することができない点がいくつかあり、ドパミン神経系だけでなく、他の神経伝達物質を司る神経系の機能異常も想定される。 | |
| →問題(5)にもどる | |
| このため、現在の抗精神病剤で疾患を治癒させることは難しく、特に、陰性症状と呼ばれる状態では困難であったが、非定型抗精神病剤の出現によって改善の希望が生まれた。 中脳から発するドパミン経路に 4種類の主要領域があり、それぞれの領域でドパミンを遮断すると、次のような作用を示す(副作用の項)。 一番大きい黒質-線条体経路 は運動系機能を有しており、パーキンソン症候群に関係があり、中脳-辺縁系、中脳-皮質系の二つのドパミン経路が抗精神病作用に直接関連していることが明らかにされた。あと一つの経路は、 視床下部-下垂体 系でプロラクチンの分泌に関連している。 このように、抗精神病剤の作用機序が、中脳-辺縁系、中脳-皮質系のドパミン受 容体を遮断することによって、ドパミン過剰活性を抑制することにあるとの仮説 がきわめて有力になるとともに、当然のことながら統合失調症ドパミン仮説が生まれてきた。 つまり、これらのドパミン系構造が何等かの機序で異常に過剰な活動状態にあるときに統合失調症が発症してくるとの考え方である。ドパミン活性を過剰にさせるアンフェタミン、メタンフェタミンなどの覚醒アミンの長期摂取が統合失調症にそっくりの覚醒剤精神病を生ずることが明らかにされたことも、この仮説の裏付けとなっている。 |
|
| A | グルタミン酸仮説: |
| 現在のグルタミン酸仮説の根拠は、フェンシクリジン(PCP)が統合失調症様の精神症状を惹起する点におかれている。 PCPは1958年に解離性麻酔剤として開発されたが、翌年には副作用として幻覚・妄想などの精神症状が報告され臨床応用は断念された。しかし、1970年頃から乱用薬物として市中に出回り社会問題化した。PCP精神病の臨床症状は、統合失調症に酷似し、陽性症状に加え陰性症状も引き起こすことから、PCPによる精神症状と鑑別できないほどで、統合失調症のよいモデルとされる。 1983年にCPCがNMDA型*で誘発される脱分極を遮断することが見出され、NMDA型グルタミン酸受容体のイオンチャネルを非競合的に阻害することが報告され、グルタミン酸神経系の機能低下が統合失調症の病態と考えられるようになった。 *NMDA:N-methyl-D-aspartate N-メチル-D-アスパラギン酸 このグルタミン酸仮説は、患者死後脳でグルタミン酸受容体が増加していることなど生化学的研究によっても支持されている。 |
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| B | 神経発達障害仮説: |
| 神経発達障害仮説は、胎生期から青年期にかけての神経発達過程における何らかの障害により統合失調症が引き起こされるとする発達障害仮説が提唱されるようになった。つまり、発達段階での脳の異常が、その後の統合失調症ならびに関連した精神疾患に罹患する危険性が増加するとする考え方である。これは統合失調症に罹患した患者の病態では、画像研究から脳室の拡大、海馬容積の減少などの脳構造の異常、脳血流代謝の前方活性低下などの脳機能の異常などが指摘されている。 大脳皮質は哺乳類では特徴的に発達し、特にヒトでは高度に発達して脳の大きな部分を占める。この皮質構造は脳の発生過程において、異なる時期に生まれた神経細胞が、それぞれ移動していった後、順序よく配置していくことで形成される。 この皮質構造形成における分子の異常が統合失調症への罹患率を上げる可能性があると考えられる。 つまり、統合失調症は脳の生物学的脆弱性と心理社会的ストレス因子との相互作用に基づく、生物−心理−社会的な疾患であるという多面的な理解が重要であり、このことが実際の診断や治療にも役立つ。 |
(2)遺伝的要因
双生児が両方とも統合失調症を発症する率(一致率)は、一卵性で42〜48%、二卵性で 1.7〜9 %であることなどから、統合失調症の発病に対する遺伝要因の強い関与が示されており、連鎖解析や関連解析といった分子遺伝学的研究が行われている。これまでに、いくつかの候補遺伝子が報告されているが、決定的なものはない。これは、一つ一つの遺伝子の関与はそれほど大きくなく、複数の遺伝子が関与しているためと考えられている。
しかし、遺伝的に同一である一卵性双生児の一致率が 100%ではなく、50%にも満たないことから、遺伝要因だけでなく環境要因の影響も無視できない。疫学研究の結果から、妊婦のインフルエンザ感染や、産科的合併症などの環境要因が、統合失調症と関連することが知られている。環境要因としては、生物学的因子のみならず、心理社会的ストレス因子も重視されており、life eventや家族の感情表出(患者に対する批判、敵意、過度の情緒的巻き込まれなど)などが、発病や再発に関係するとされている。
副作用として脂肪便、頻回の下痢、下着に染み込むほどの脂肪を多く含む便が洩れることがある。これらの副作用は服用後に脂肪の多い食事により起こりやすい。
(3)発症前の状態と病状進行と分類
統合失調症は次の経過をたどる。
| @ | 発病前の症状: | ||||||||||||||||||||
| 多くの場合、統合失調症の発病前には、ひきこもり、学業や仕事への意欲の喪失、清潔さや身だしなみへの無頓着さなどの前駆症状が認められ、徐々に顕在化してくる。 | |||||||||||||||||||||
| A | 病状の進行: | ||||||||||||||||||||
| @の前駆症状に続いて陽性症状が出現する。この段階で受診する場合が多い。 経過とともに陰性症状が優位となり、次第に能力が低下し、重症化する場合もあり、患者の約10%が自殺するとの報告もある。 |
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| B | 統合失調症の分類: | ||||||||||||||||||||
統合失調症は次のように分類されることもある。
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| C | 陽性症状、解体症状、陰性症状: | ||||||||||||||||||||
統合失調症の症状は、現在のところ陽性症状、解体症状、陰性症状の 3つに分類される。
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(4)ノーマライゼーション normalization:規格化、標準化、正規化、正常化
最近の精神障害の治療理念としては、疾患次元での症状のコントロールに留まらず、「一般社会の中で、どのような障害を抱えている人たちも、社会的な権利が平等に保証され、自分らしい生活ができる」というノーマライゼーションの理念を治療目標としている。
しかし、日本の精神科医療のあり方は、統合失調症患者を長期に入院療養させる方向に偏重していたために、統合失調症患者を受け入れて、ともに地域で生活するということに馴れていない。世界の中でも日本の統合失調症治療の現状は後進的であり、人権擁護の観点からも批判の対象となっている。
抗精神病剤の作用は、脳内の神経伝達物質の過剰な働きを抑え、興奮、焦燥、衝動などの陽性症状を鎮める鎮静作用と、神経伝達物質を受け取る細胞の働きを回復させる賦活作用の 2つがあり、これによって意欲を高めたり根気を持続させて治療効果を示す。
これらの目的を満足させる薬剤の検索が統合失調症治療剤の開発の歴史である。
| @ | フェノチアジン誘導体: |
| 1952年、ジー−ン・ドレーとピエール・ドニケルが臨床治療場面でのフェノチアジン誘導体のクロルプロマジンの効果を認めて発表している。 クロルプロマジンは抗ヒスタミン剤の開発中に生まれたもので、これを麻酔開始前に用いたところ、手術患者に優れた平穏効果をもたらすことを知ったフランスの精神外科医アンリ・ラボリが、精神病の興奮状態の患者に効果があるのではないかと考え、それによって彼の同僚のジーン・ドレーとピエール・ドニケルが1952年、臨床治療場面でのフェノチアジン誘導体のクロルプロマジンの効果を認めて発表している。 | |
| →問題(8)にもどる | |
| A | ブチロフェノン誘導体: |
| その後、フェノチアジン誘導体から多くの抗精神病薬が開発されたが、1958年に現在処方頻度の高いブチロフェノン誘導体のハロペリドールが導入された。これはベルギーのポ−ル・ヤンセンが鎮痛剤であるペチジンの鎮痛作用を高める薬物を検索中、鎮痛作用は弱いが、クロルプロマジンより数倍強い抗精神病作用を有しており、速く効果が現れ、そして長時間効果が持続することを発見した。 | |
| B | レセルピン: |
| さらに、当時、降圧剤のレセルピンを主成分とするインド蛇木が古代インドで、パガル・カ・ダワ(狂気に効く薬草)として精神病に効果があるとの言伝えから、ナタン・クラインがレセルピンを分裂病(統合失調症)治療に用いてクロルプロマジンと同様の臨床効果を呈することを知った。 | |
| C | パーキンソン症状とドパミン受容体関連製剤: |
| これらの構造式の異なる薬物が同じ抗精神病作用と副作用、ことに錐体外路症状としてパーキンソン病症状をきたすことから、同じ作用機序をもつものとして研究が続けられた。 1960年にはパーキンソン症候群は脳内の線条体のドパミンが著しく減少することによって発症することが判明した。 こうしたことから、抗精神病の作用機序は線条体以外のドパミンに関連することが想定され、1963年アーヴィド・カールソンが抗精神剤はドパミン受容体を遮断するとの仮説をたてた。 1976年までにドパミンの主要受容体には 2種類あり、D2 受容体遮断作用こそが抗精神病に関連があることが明らかにされ、統合失調症ドパミン仮説が生まれた。 1996年に新規抗精神病剤として、リスペリドン(リスパダール)が登場するに及び統合失調症の新しい治療時代を迎えた。 |
統合失調症の治療は、薬物療法と心理社会的の 2つが行われる。
(1)症状に応じた治療
統合失調症の進行には、いくつかの段階があると考えられている。病状の前触れが現れる前兆期、急激な症状(主に陽性症状)が現れる急性期、急性期に消耗したエネルギーを補充するために引きこもりなどの症状(主として陰性症状)が現れる 回復期などに分けることができ、薬物療法は病状に応じた方法が選択される。
薬物療法は早期に行うことが重要で、それが予後を良好にするといわれている。 しかし、実際に治療が行われるのは、症状が激しくみえる急性期から回復期にかけてである。
| @ | 急性増悪期の治療: | ||||||||||||
| この時期は妄想や幻覚などの陽性症状が活発で、患者は混乱した不安定な状態にあるので、よい治療環境を確保して、適切な薬物療法を行うことを最優先する。 急性期の強い精神運動興奮に対して速やかな鎮静を行うが過鎮静に注意(⇒◇急性増悪期での注意)する。 統合失調症における薬物療法の反応性は、約20%の薬物治療抵抗性の患者を除き、反応性は比較的良好で、数週から長くとも数カ月で、一過性に軽減・消失することが期待できる。 最初にリスペリドン(リスパダール)が投与されることが最も多い。外来では 2〜3r 、入院では 3〜6r程度で治療を開始し、その効果の有無の判定は、 1〜2 週で可能である。 リスペリドンが無効の場合、オランザピン(ジプレキサ) などの別の新規抗精神病 剤に切り替えるか、フルフェナジン(フルメジン)やハロペリドール(セレネース)など の従来の製剤に切り替える。これらの製剤を選択する場合、その患者の糖尿病リ スクを十分に考慮し、空腹時血糖値などを参考にする。
|
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| A | 回復期及び安定期、慢性期: ⇒長期にわたって必要となる治療法 | ||||||||||||
| 精神運動興奮が鎮静(妄想や幻覚が治まった時期)し、再発予防のための至適用量での維持を目的とし、社会復帰のための心理社会的なリハビリテーションがより重要となる。 薬物療法が維持できるようになってからは、等価換算*による抗精神病剤の投与量の把握とチェックを行う(多剤・大量になっていないかなど)。 基本的には単剤投与であること、投与量はクロルプロマジン換算で 1,000r以下であることが望ましい。 抗パーキンソン剤、BZ系製剤に対しても等価換算による用量チェックを行う。 *等価換算:主観的ウェルビーイング評価尺度短縮版日本語版 |
(2)多剤併用(投与)
日本における統合失調症の薬物療法では、多剤併用大量投与が行われることが多い。多剤併用大量療法に伴い、抗パーキンソン剤、ベンゾジアゼピン(BZ)系抗 不安剤・睡眠剤などの併用も多い。多剤併用大量療法が単剤による療法よりも治療効果が高いという根拠はなく、服薬の継続が困難になるという報告は多い。
併用薬剤のBZ系製剤による依存の形成、脱抑制、さらに抗コリン性の抗パーキンソン剤による精神症状の悪化や認知機能障害、便秘や口渇などが起こり、治療をますます困難にすることが考えられる。
抗精神病剤の投与剤数や投与量は、抗パーキンソン剤の投与剤数や投与量を増加させ、患者のコンプライアンス低下につながるので、単剤投与が望ましく、できれば効果の確実性、錐体外路症状の少なさなどから新規(非定型)抗精神病剤を使用し、なるべく抗パーキンソン剤、BZ系製剤の使用を避ける。
統合失調症では多剤併用療法が多いが、多剤併用の場合、投与量が多くなり、外国の報告では単剤投与に比べ 2.5倍死亡率が高いとの報告もある。
抗精神病剤の多剤併用:
多剤併用療法は、日本の薬物療法の特徴である。多剤併用には次の問題点がある。
@どの薬剤が効果があったか分からない
A有害事象が発生した場合、どの薬剤によるのか分かり難い
B個々の薬剤の至適用量の決定が困難である
C服薬が面倒でミスが起こりやすく、コンプライアンスが低下しやすい
D薬物相互作用が起こりやすい
E有害事象のリスクが上昇する
F併用によって抗精神病剤の総量が増加することが多い
(3)脳内ドパミン系と抗精神病剤 ⇒ドパミン仮説
脳内ドパミン系には、四つの主要な領域があり、それぞれのドパミンを遮断すると次のような作用がある。
@中脳辺縁系 :ドパミンの遮断は、幻覚・妄想などの抗精神病作用
A黒質線条体系:ドパミンの遮断は、パーキンソン病、アカシジア、ジストニアなどの運動障害(錐体外路症状)を生じる
B下垂体漏斗系:ドパミンの遮断は、高プロラクチン血症を生じる
C中脳皮質系 :ドパミンの遮断は、陰性症状や認知機能の低下が生じる
中枢神経系に作用して精神運動機能になんらかの影響を及ぼす薬物を総称して向 精神剤あるいは中枢神経作用剤という。
(1)向精神剤の分類
向精神剤は精神科疾患の治療に用いられる精神治療剤と種々の異常な精神現象を生じさせる精神変容剤(サイケデリック剤)とに分けられる。しかし、向精神剤あるいは中枢神経作用剤と言えば前者の精神治療剤をいう。
| @ | 向精神剤: |
| 精神治療剤、抗精神病剤、抗うつ剤、抗躁剤(気分安定剤)、抗不安剤、睡眠剤、抗てんかん剤、脳代謝賦活剤(抗痴呆剤) | |
| A | 精神変容剤: |
| モルヒネ製剤、コカイン、覚醒剤、幻覚剤、大麻、有機溶剤、アルコール |
(2)定型抗精神病剤
〔主な該当製剤〕 ⇒脳内神経伝達物質のバランスの調整
ハロペリドール(セレネースなど)、塩酸クロルプロマジン(ウインタミンなど)、レボメプロマジン(ヒルナミンなど)
定型抗精神病剤とは、1950年代のクロルプロマジンの登場以来、統合失調症の治療の主役になっている薬効群で、主に陽性症状を改善するが、陰性症状にはあまり効果がない。
作用は脳内の神経伝達物質の過剰な働きを抑え、興奮や焦り、衝動などの陽性症状を鎮める鎮静作用と、神経伝達物質を受け取る細胞の働きを回復させる賦活作用の二つがある。
定型抗精神病剤は、妄想や幻覚に対する有効性は認められているが、錐体外路症状などの副作用や認知機能への影響も大きく、長期服用をしなければならない患者では、しばしば苦痛を伴うので、コンプライアンスが低下し、これが再発のリスクを高めるという悪循環を招きやすい。
このタイプの製剤は、主として 1日 3回の服用が多く、服用が煩雑であり、服用を忘れことが多くなる。
統合失調症の患者のQOLを高めるためには、副作用の少ない陰性症状を改善する薬物が求められていたが、従来の選択性のない定型抗精神病剤では、中脳皮質系のドパミンが遮断されると、前頭前野の機能が低下し、認知機能の低下が起こり、QOLを低下させるなどの欠点があった。これを非定型抗精神病剤が大きく改善している。
抗精神病剤はハロペリドールを中心薬剤とし、連用の場合は他の抗精神病剤はできるだけ減量・中止する。
現在では、何故、統合失調症になるのかは不明であるが、統合失調症の脳内にはどのようなことが起こり、それをどのように処置すれば、症状が治まるかが判りかけてきている。
(1)抗新規精神病剤(非定型抗精神病剤)とは atypical antipsychotics
新規抗精神病剤とは、1990年以降に発売された非定型抗精神病剤(第 2世代抗精神病剤)をいう。
抗精神病作用を有しながら、従来の定型抗精神病剤で問題になっている急性ならびに遅発性錐体外路症状が出現し難いという意味で、この薬剤群を非定型抗精神病剤(atypical antipsychotics)と呼び、 従来からの定型抗精神病剤と区別する。統合失調症の治療において、非定型抗精神病剤が中心的治療剤になるにつれて、これを第 2世代抗精神病剤( second generation antipsychotics:SGA)、 定型抗精神病剤を第 1世代抗精神病剤(first generation antipsychotics:FGA )と 呼ぶようになった。
(2)市販されている抗新規精神病剤
〔該当製剤〕2005年 1月現在 薬価収載年:[ ]
| ◇セロトニン・ドパミンアンタゴニスト:SDA serotonin-dopamine antagonist | |||
| @ | リスペリドン(リスパダール) 〔ベンズイソキサゾール系〕 |
1、2r錠[1996] 3r錠[2003] 細粒[1996] 液[2002、分包2005] |
|
| A | フマル酸クエチアピン(セロクエル) 〔ジベンゾチアゼピン系〕 |
25、100r錠[2001] 細粒[2004] | |
| B | 塩酸ペロスピロン(ルーラン) 〔ベンズイソチアゾール系〕 |
4、8r錠[2001] | |
| ◇MARTA:multiple acting receptor targeted antipsychotic | |||
| C | オランザピン(ジプレキサ) 〔チエノベンゾジアゼピン系〕 |
2.5、5、10r錠 [2001] ザイディス錠 5、10r[2005] 細粒 [2002] |
|
以上の 4種類が日本で上市されている。日本で開発された aripiprazole も承認が予定されている。 aripiprazole はドパミン部分アゴニストで、アゴニスト作用があるので、用量をどのように増やしても、ドパミンによる一定の情報伝達は保たれているので、ドパミンD2受容体遮断作用が過剰にならないため、錐体外路症状は発現し難く、通常量では5-HT拮抗作用はほとんどなく、オランザピン(ジプレキサ)、クエチアピン(セロクエル)で問題になっている糖代謝や脂質代謝の異常を起こさないといわれている。
海外で治療抵抗性統合失調症に用いられている clozapineは、日本でも臨床試験が行われているが、顆粒球減少症、心筋炎などの重篤な副作用があるため、承認申請に時間を要している。
統合失調症患者のQOLを高めるためには、有害事象が少なく陰性症状を改善する薬物療法が重要で、従来の選択性のない定型抗精神病剤により、中脳皮質系のドパミンが遮断されると前頭前野の機能が低下し、認知機能の低下が起こりQOLを損ねる。統合失調症のQOLを高めるためには、適切な種類の抗精神病剤を選択し、適切な量を使用することが必要である。
(3)新規抗精神病剤の作用
新規抗精神病剤も薬理学的には従来の抗精神病剤と同じく、すべて ドパミンD2受容体遮断作用を有している。抗精神病剤の薬理作用において ドパミンD2受容体遮断作用が必須であることは新規抗精神病剤においても変わりはない。
統合失調症の治療はドパミン仮説によって治療されており、一見寛解したかに見える症例でも、脳内のドパミン過剰活性を抗精神病剤で抑えているのに過ぎないのであって、薬をやめると、たちまち過剰活動が始まって症状再燃が起こる。ぎりぎりまで減量することはあっても中止してしまうことは危険である。
| @ | SDA(serotonin-dopamine antagonist): |
| SDAはドパミンD2受容体、5-HT2A受容体に高い親和性を示す。5-HTニューロンはドパミンニューロンに対して、生理的には
5-HT2A受容体を介して、抑制的に作用しているので、 5-HT2A 遮断作用が加わることで、過剰なドパミ ンD2 受容体遮断に伴う錐体外路症状発現を少なくするといわれている。日本で発売されている新規抗精神病剤は、すべて強い
5-HT2A 遮断作用がある。 5-HT2A遮断作用がドパミン伝達を介さずに直接陰性症状の改善などの作用をもつかどうかは確定していない。しかし、5-HT2A遮断作用は睡眠や食欲への影響があることは報告されている。 |
|
| A | MARTA(multiple acting receptor targeted antipsychotic): |
| オランザピン(ジプレキサ) は、クロザピンがドパミン受容体のみならず種々の受容体に結合することから、クロザピンの作用に近く、かつ顆粒球減少症を引き起こさない成分からスクリーニングされた。SDAと同じく 5-HT2A 遮断作用を有するが、その他、ヒスタミン受容体、アセチルコリン受容体への親和性及び、NMDA受容体への作用などを有する。種々の受容体への親和性の意義に関しては、いくつかの仮説はあるが、
5-HT2A 遮断作用以外は明らかでない。 クエチアピン(セロクエル) は、MARTAとは呼ばれないが、種々の受容体に結合能をもつことが特徴で、さらにドパミンD2 受容体に対する低親和性も重要であると考えられている。 |
(4)ドパミンD2 受容体の適正遮断
抗精神病作用はGABA系も重要であるが、最も大きな因子は中脳辺縁系のドパミン遮断によると考えられている。受容体遮断には至適用量があり、ドパミンD2 受容体占拠率65〜70%が抗精神病作用の至適用量と報告されている(Kapurら)。ドパミンD2 受容体占拠率*が78%を超えると、錐体外路症状が出現する。有害事象を予防するためには78%を超えないようにすべきである。
* 受容体占拠率: ドパミンD2 受容体占拠率は、PET(positron emission tomography)の出現によって、脳内受容体の占拠率と臨床効果が直接調べられるようになり、重要な知見が明らかになっている。 ドパミンは生体にとって必須な物質で、遮断しすぎても好ましくない。新規抗の精神病剤の一番の利点は、適正な脳内ドパミンD2受容体遮断率調整の容易にできる点である。したがって、新規抗精神病剤の投与においては単剤使用が原則である。既存の抗精神病剤と併用して、新規抗精神病剤を投与したり、新規抗精神病剤を重ねて投与することは、新規抗精神病剤の一番の利点を損なうことなので避けるべきである。
新規抗精神病剤は、適量を使えばドパミンD2 受容体の適正遮断が行いやすいよ うに用量設定されている。ドパミンD2 受容体の適正遮断のための機序としては、リスペリドン(リスパダール)、ペロスピロン(ルーラン)などのSDAや、オランザピン(ジプレキサ) などのMARTAでは、5-HT2A受容体拮抗作用を介してのドパミン放出の脱抑制が過剰なドパミンD2 受容体遮断を和らげるとされている。また、クエチアピン(セロクエル) の示すドパミンD受容体に対する低親和性も、適正な用量設定を行うのと同様な効果をもたらす。
(5)新規抗精神病剤の特徴
新規抗精神病剤は従来の抗精神病剤に比べて、錐体外路症状を起こし難く、陰性症状の改善、難治例の改善などの共通する特徴がある。この新規抗精神病剤の薬理学的メカニズムには種々の説があるが、現時点では ドパミンD2受容体の適正な遮断作用(ドパミンD2受容体の65〜80%)が有力である。
新規抗精神病剤の薬理学的特徴は、ドパミンD2とセロトニン5-HT2A遮断があることにより、メリットとしては次が挙げられる。
| @ | 錐体外路症状(EPS)が少ない ⇒錐体外路症状 |
| A | 認知機能障害、陰性症状、抑うつなどの改善がある |
| B | 忍容性がある |
| C | 静穏化しても、過鎮静になり難い |
| D | 再発予防に有効である |
| E | 定型抗精神病剤抵抗例に有効であることがある |
| F | QOLが改善される |
| G | プロラクチンの上昇が少ない |
| 従来の抗精神病剤に多かった無月経や乳汁分泌などの副作用は、オランザピン、クエチアピンではプロラクチンの上昇が生じ難いため、ほとんど認められない。 高プロラクチン血症は下垂体ドパミン経路の拮抗作用によって生じる。女性患者では生理不順、乳汁分泌、長期的には骨粗鬆症の原因になる。 |
しかし、上記のような特徴を示すためには、5-HT2A>ドパミンD2 が必要条件 となる。つまり、強いドパミンD2 遮断剤である定型抗精神病剤を常用量で新規非定型抗精神病剤と組み合わせたり、新規非定型抗精神病剤の単剤でも大量に使用し、ドパミンD2 遮断がセロトニン5-HT2A遮断と変わらなくなれば、新規非定型抗精神病剤としての作用を示さない。また、新規非定型抗精神病剤のもう一つの特徴は、ドパミンD2 の遮断で、定型抗精神病剤と比較すると次の特徴がある。
・弱い結合 loose binding
・中脳辺縁系選択性 mesolimbic selective
新規非定型抗精神病剤はすべて強い 5-HT2A受容体遮断作用があり、 5-HT2A受容体遮断作用は睡眠や食欲への影響がある。
新規非定型抗精神病剤が、ドパミンD2受容体、 セロトニン5-HT2A受容体に高い親和性を示す。5-HTニューロンはドパミンニューロンに対して、生理学的には5-HT2A受容体を介して抑制的に作用しているので、5-HT2A受容体遮断作用が加わることで過剰なドパミンD2受容体遮断に伴う錐体外路症状発現を少なくする。
(6)統合失調症における身体合併症
服薬指導に際しては、次の統合失調症における身体合併症の特徴も参考にして行う。
@療養環境、精神症状、長期にわたる抗精神病剤の内服により、各種の身体合併症が現れる
A高脂血症、糖尿病などの生活習慣病が多い
B突然死が多い ⇒新規抗精神病剤のすべてに記載されている
C横紋筋融解症などの特殊な身体合併症が見られる
DBacterial translocation など免疫と関連した特殊な身体合併症が見られる
E骨粗鬆症や大腿骨頸部骨折が見られる
F暦年齢に関係なく、これらの一部は老化と関連する病態である
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